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2025年大阪万博は時代錯誤?

今日も、macOS版AG-ムービーカッター Ver1.4.0の開発を進めていたのだが、巷では、2025年の万博が大阪に決まった、というニュースが流れていた。作者的には、1970年の大阪万博は見にいったし、大成功だったとも思っているのだが・・・

プロフィールにも書いてある様に、作者の出身大学は大阪市立大学なのだが、卒業後、大阪市の公務員にはならなかったし、大阪市に本社がある企業でも働かなかった。
 
更に言えば、卒業後は東京の会社に就職し、今はまた、大阪に戻ってきてはいるのだが、大阪市内には住んでいない。
 
なので、作者と同様に、その卒業生の多くが大阪市の為に仕事をしていないし、大阪市にも住んでいない、という事から、大阪市の住民的には、自分たちの税金で運営されている大阪市立大学のコストパフォーマンスはあまり高くないかもしれない訳だ。
 
あまり、と、書いているのは、大阪市立大学のキャンパスは大阪市の住吉区の杉本町という所にあるので、作者も、学生時代にはそこに通っていたし、キャンパスの近所にある飲食店なんかも利用したからだ。
 
そして、市がそれなりの規模の大学を持っている、というのはステータスにもなる筈で、大阪市民的には、それを「誇り」にはできる筈だからだ。
 
と、言う事で、前振りはこれくらいにするのだが、「2025大阪万博 反対」をネットで検索してみると、以下の様なページが見つかった。
 
 
で、上記のページには、大阪市民の声として、Twitterの書き込みがいくつか掲載されているのだが、それらには決まって、「最低」というワードが使われている。
 
作者は大阪市民ではないのだが、大阪に住んではいるので、大阪に住んでいない人は判っていないかもしれないので書いておくと、今現在、その昔、東京の秋葉原と並んで「電気の街」と言われた大阪の「日本橋」を歩いていると、韓国や中国からの観光客ばかりが目立つ状況だ。
 
つまり、日本橋は今や大阪の観光スポットの一つなので、観光バスで大量に観光客が押しかけてきていて、逆に、最近は多くの日本人は電気製品はネットで買う時代なのでワザワザ日本橋まで足を運ばないので、この街は本当に日本なのだろうか? なんて感じにもなっている訳だ。
 
更に、作者は、鹿を見に、奈良公園なんかにもチョクチョク行くのだが、そこにいる家族連れの会話に耳を傾けると、大体は中国語で会話していたりする訳だ。
 
まあ、奈良公園周辺には色々と観光スポットがあったりするし、徒歩で歩き回っているとそれなりに運動にもなるので、日本人の年配客も、運動がてら来ている事も多い感じなのだが、今時の家族旅行の候補地になるのは海外だったりする訳なので、家族客となると、外国からの観光客ばかり、という感じにもなってしまう訳だ。
 
で、外国人といっても、その比率的には、やはり、地理的に近い中国や韓国からの観光客が多数を占める事になる訳だ。
 
と、言う事で、大阪万博なんかなくても、今現在、大阪には多数の中国人や韓国人が来ていて、一見、賑わっている街並みを歩いていても、実は、その街並みを構成している人たちの殆どは日本人ではない、みたいな事も多々ある状況だ。
 
なので、上記のTwitterを書いている人たちの気持ちは、作者的にも良く判る訳なのだが、大阪で万博が決まったと聞いた時の作者の気持ちを最も良く代弁してくれていたのは、以下の記事だ。
 
 
上記の記事に書かれている事は一々もっともな感じなのだが、特に、以下の文章については、作者も大いに同感だった訳だ。
 
 投票で大阪に決まったとき、「日本人たちは喜びの歓声を上げた」と書かれ、さらに「ダークスーツ姿の官僚たちが抱き合いながら飛び跳ねた」などと続けられると、完全にバカにされているのがわかり、哀しくなってくる。

 松井一郎大阪府知事らが肩を抱き合い握手する姿や、「心の底からうれしい」と記者会見で語った世耕弘成経済産業相の上気した表情どれも見るに耐えなかった。なぜ、もっと「大人の対応」ができなかったのだろうか?

と、言う事で、上記の記事を書いている人は、作者よりも更に10歳は年上の人なので、作者と似た様な感想になっているのかもしれない。
 
つまり、1970年当時の万博というのは、日本にとって非常に重要なイベントだった、という事が判った上で、今時の万博というのは、そんなインパクトを持てる訳が無いので、基本的には、日本以外の外国勢は相手にしていなかった訳だ。
 
にも関わらず、そんなモノを招致して喜んでいる日本の政治家だとか経済界なんかを見ていると、哀しくなってくる訳なのだが、1970年の万博を見ていない若い人たちにしてみれば、大阪で大きなイベントが開催されるというのは、嬉しかったり、誇りになったりするのだろうか?

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