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もう少し休む

今はAmuseGraphics Ver1.4.1の開発フェーズで、AGMPlayerに引き続き、AG-ムービーカッターの開発を行っているのだが、風邪をひいて熱が出たので休んでみたのだが、中々、完調には戻らない。なので、今週一杯くらいは、更に、休む事にする。

休んでいる間にも、AG-ムービーカッター Ver1.4.1の開発は少しずつは行っているので、今週末くらいには、少しは格好が付いている筈なのだが、今日は、昨日、作者的には無視できない大きなニュースがあったので、それ関連の記事を書く為に、敢えて、連続して休まずに、記事を一つ入れる事にした訳だ。

で、その大きなニュースというのは以下になる。

吾妻ひでおが69歳で死去、「失踪日記」「ななこSOS」「不条理日記」など

で、5chなんかを見てみると、若い人達の中には、「吾妻ひでお」、という人を知らない、という感じの人も多かったのだが、知っている、という人の中にも、「失踪日記」関連の話で知っている、という人が多かった感じだ。

更に言えば、氏を昔から知っている、という人の中にも、氏を「萌え」の元祖だ、みたいに認識している人が多かったかもしれない。

しかし、作者的には、「吾妻ひでお」という人は、「不条理日記」の作者だった訳だ。

なので、作者的には、例えば、「筒井康隆」氏をSF作家と呼ぶのであれば、「吾妻ひでお」氏も、SF漫画家と呼ばれてしかるべきだと思うのだが、これは、「不条理日記」という作品は、SF小説のパロディー作品になっていて、SFファンが選ぶ賞である所の「星雲賞」のコミック部門を1979年に受賞しているからだ。

つまり、少なくとも当時は、「吾妻ひでお」氏はSF漫画家として認知されていた訳なのだが、これは、当時、普通紙に連載されていた「やけくそ天使 」も、SFテイストの漫画だった、という事もあったからだ。

もっとも、巷の分類では、「吾妻ひでお」氏は、ギャグ漫画家という事になっていた筈だし、更には、当時、「ビッグ・マイナー」という代名詞まで貰ってしまった訳だ。

なので、当時、巷から受けるプレッシャーは半端ではなかった筈なのだが、そういう事もあったのか、その後、氏の作品は「純文学シリーズ」みたいな感じになっていき、インターネットなんか無かった当時、遂には、氏の作品は、欲しくても手に入らない領域に行ってしまったので、世間からは忘れ去られる事になってしまった訳だ。

その後の事は、最近の若い人の中にも知っている人は多いかもしれないし、作者的には、あまり知らないので書かないのだが、上記の通り、「吾妻ひでお」という漫画家は、1980年当時のSF好きの若者、つまり、作者なんかにも、大きな影響を与えた漫画家だった訳だ。

と、いう事で、5chなんかを見ていると、代表作がない二流の漫画家、みたいな扱いを受けていたのだが、ネットを検索してみれば判る通り、死去されたというニュースや関連する書き込みは山の様に出て来る訳なので、やはり、その作品や生き方に影響を受けた人は多かった筈だ。

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