いつまで使えるのかなあ?
数日前に、作者のパソコン遍歴を書いたのだが、作者的には、その時に、作者が使っていたパソコンの知名度をネットで調べたりもしていた。
例えば、Google検索で「PC6001」と、普通に検索してみたりしていたのだが、そうすると、作者的には意外だったのだが、YouTubeなんかにも、数年以内の修理動画が上がっていたり、5chにも、未だに書き込みが続いている専用スレッドがあったりした。
作者のPC6001は、就職して数年後くらいには、完動品だったのだが、廃棄してしまった。
これは、大学時代までは、実家に住んでいたので、購入したPCは実家に置いていたのだが、就職後には、あまり広くない社員寮の部屋に住む事になったので、当時の手持ちPCであった、PC6001とFP1100とPC9801U2の内、PC9801U2だけを使う事にしたからだ。
つまり、その後、実家に帰省した時に、コレどうする? と、家族に訊かれたので、もう使わないから捨てて! みたいに答えた結果、就職して数年も経たないくらいには、完動品だった、コレらについては、捨てられる事になった訳だ。
と、言う事で、作者的には、今となっては手持ち環境にはPC6001もFP1100も無いのだが、もし、捨てていなかったとしても、それらで遊ぶ気はしない筈だ。
何故なら、他にやる事が一杯あって、現時点では、折角購入したSnapdragon X Elite搭載のASUS Vivobook S15を寝かせたままの状態になっているので、作者製ソフトのARMネイティブ版を作る必要がある。
まあ、振り返ってみれば、作者の人生というのは、常に、そんな感じで、XXXをやらなければ! という強迫観念にかられて生きてきた感じだ。
なので、作者製ソフトのARMネイティブ版を作ってしまっても、また、別の達成目標が生まれてしまって、いつまで経っても、のんびりと暮らす! みたいな生活は出来ない様な気がしている。
そして、そうこうする内に、作者自身の寿命がやってきて、ある日、突然、何かの作業を行なっている最中に、この世を去る事になりそうなのだが、それは、作者的には問題ない死に方になるかもしれないのだが、周りの人間的には迷惑かもしれない。
なので、巷では、「就活」になぞらえて「終活」なんて言葉も流行り始めた訳なので、作者的にも、そろそろ、真面目に「終活」が必要かなあ、と、思ったりもし始めている今日この頃だ。
ちなみに、作者の性格からすると「終活」が完了したら、その時点で自殺してしまいそうな気もしている。
何故なら、折角、終活が終わっても、それ以上生きていたら、更なる終活作業が必要になる筈なので、そんなのはコスパが悪いからだ。
と、言う事なので、作者的には、真面目な終活をすべきか否かについては考えものなのだが、近い将来、ソフト開発なんて出来なくなる事は確実な訳だ。
そうなった時、多分、Windows版/macOS版ソフトについては、放置しておいても、OSが互換性を確保してくれる筈なので、10年や20年は動作し続ける可能性が高い。
そして、これから20年もすれば、人類は滅亡している! みたいな話も良く聞く昨今なので、それだけの期間、ソフトが動作し続けるのなら、まあ良いか、という気もしないでもない。
これに対して、Ubuntu版ソフトというのは、過去の実績からいって、OSのバージョンアップに合わせた更新がほぼ確実に必要になっている。
つまり、Ubuntu26.04LTSがリリースされる頃に、それ用の更新ができなければ、最新のUbuntuでは動作しないソフトになっている可能性が高い。
と、言う事で、あと何年活動できるかなあ、と、思っている作者的には、高々、2年後には使えなくなるかもしれないソフトのメインテナンスなんて必要か? と、思うと、無力感に苛まれる訳だ。
なので、Ubuntu版ソフトについては、ソースコードを公開する格好にしようか、みたいな話も書いてきている。
しかし、GitHubに公開してしまうと、イシュー!とかいって、問題点が指摘されてしまうので、それ用の更新が義務化される感じになる。
作者的には、そんな更新作業をする元気が無くなったので、ソースコードを公開する! というスタンスになる筈なので、GitHubでの公開は論外になる。
このため、公開するのであれば、EdaxBoardみたいな感じで、「自由に改変/配布可能、ただし、T.Ishiiの名前は出さない事!」みたいなライセンスにするかもしれないのだが、まだ、どうしようかなあ、という段階だ。
これは、自由に改変/配布可能、という事は、全く同じソフトを作者ではない人が、自分の著作物として配布可能になる訳なので、作者的には丸損になるからだ。
しかし、ライセンスをGPLみたいにしてしまうと、作者の名前は下手をすれば永久に残ってしまうので、将来のバージョンにバグなんかがあった場合、作者に修正依頼が来たりする可能性も出てくる訳だ。
そうなったとしても、作者的には、既に、修正する元気はない筈だ。
と、いう事で、どうしようかなあ、と、思っている今日この頃なのだが、少なくとも、Ubuntu版ソフトについては、ソースコードを公開しておかない事には、作者がOSSの更新に合わせて更新する元気が無くなった時点で、寿命は終わる。
なので、現状の体制では、あんまり頑張ってみても、コスパが悪すぎるなあ、と、思ってしまう今日この頃な訳だ。

